企業価値を評価する際、 WACC (ワック:加重平均資本コスト)という言葉を耳にしたことがあるかもしれません。
しかし、正確に理解して活用するのは難しいと感じている方も多いのではないでしょうか。
この記事では、WACCを正しく理解し、企業価値の算定にどう役立てるかを詳しく解説します。
WACCを使いこなせるようになれば、より正確な財務戦略を立てることが可能になり、企業価値を最大化するための重要な要素を見逃すことなく、最適な判断ができるようになります。
この記事はこんな人向け
- 企業の経営者や財務担当者
- 経営コンサルタントやファイナンスに興味があるビジネスパーソン
- 企業価値評価に取り組んでいる人
本記事に書かれていること
- WACC(加重平均資本コスト)の基本と計算方法
- WACCを活用した企業価値の算定手法
- WACCを下げるための戦略
監修者情報
一般社団法人 北海道中小企業診断士協会所属 大平 徳臣
知好楽経営相談所 代表。経済産業大臣登録 中小企業診断士。経営学修士(MBA)。宅地建物取引士。2級ファイナンシャル・プランニング技能士。
MBAでは、経営戦略やマーケティング、組織論、会計、ファイナンス、資本政策を学び、企業の競争優位を築くための知識を体系的に習得。中小企業診断士として創業支援を行った食品小売事業者では、不動産立地選定、ターゲット市場調査、商品コンセプト、PR戦略、事業計画書作成の支援を行い、1年9ケ月で黒字化に成功。安定したリピート顧客売上の基、SNS経由での認知獲得の支援を行っている。
WACCとは?加重平均資本コストの基本概念
WACC(Weighted Average Cost of Capital)とは、企業が資金を調達する際にかかるコストの平均値です。
このコストは、デット(借入金)とエクイティ(株式)という2つの主要な資本から算出され、これらを加重平均して導き出されます。
WACCが低いほど、企業はより安いコストで資金を調達できることを意味し、企業価値の向上に繋がります。
企業は、このWACCをディスカウントレート(割引率)として活用し、将来のキャッシュフローを現在価値に割り引くことで、企業価値を算定します。
WACCは、投資判断や財務戦略を策定する際に欠かせない指標となっています。
デットとエクイティの役割
WACCの計算において、デットとエクイティは企業が資金を調達する2つの主要手段です。
デットは借入金や債券であり、エクイティは株式発行や内部留保資金です。
デットの利息は法人税控除の対象となるため、税引き後の実際の負担は小さくなります。
一方、エクイティコストは株主が要求するリターンです。WACCでは、両者のバランスが企業の資金調達全体のコストを決定します。
WACCの算出方法
WACCの計算式は次の通りです。
WACC = (E/V) × Re + (D/V) × Rd × (1-T)
この式の各項目を簡単に説明します。
プラスの左側は株式の調達コスト
- E: 株式の時価総額(Equity)
- V: 企業全体の価値(Equity + Debt)
- Re: 株式の資本コスト(Return on Equity)
プラスの右側は負債の調達コスト
- D: 負債の額(Debt)
- Rd: 負債の資本コスト(Return on Debt)
- T: 法人税率(Tax Rate)
株式の資本コスト(Re)を計算する方法
株式の資本コスト(Re)は、一般的にCAPM(資本資産価格モデル)を使って算出されます。
CAPMの計算式は以下の通りです。
Re = Rf + β (Rm - Rf)
- Rf: 無リスク利子率(通常、国債の利回りが使用されます)
- β: ベータ値(株式のリスク度合いを示す)
- Rm: 市場の期待リターン
CAPMを使うことで、企業が市場のリスクに対してどれだけ影響を受けるかを考慮しながら、株主が期待するリターンを計算できます。
これにより、投資家が求めるリスクプレミアムを明確に把握することができるのです。
負債の資本コスト(Rd)を計算する方法
負債のコスト(Rd)は、企業が支払う利子率であり、税引き後のコストを考慮して計算されます。
負債は税制上、利子を支払う際に控除されるため、税引き後の負債コストが企業にとっての実際のコストとなります。
例えば、企業が5%の利子率で借入を行っている場合、法人税率が30%なら、税引き後の負債コストは3.5%となります。
これにより、負債が株式よりもコスト面で有利な場合があるため、企業の資本構成において重要な要素となります。
WACCの計算に必要なデータの収集と注意点
WACCの計算には、いくつかの重要なデータが必要です。
- 株式リスクプレミアム(市場の期待リターンと無リスク利子率の差)
- 企業のベータ値(市場全体に対する企業株式のリスク)
- リスクフリーレート(国債などの低リスク資産の利回り)
ベータ値の重要性と計算方法
ベータ値(β)は、企業の株価が市場全体に対してどのように反応するかを示す指標です。
ベータ値が1であれば、企業の株価は市場全体と同じ動きをすることを意味します。
しかし、ベータ値が1を超える場合、その企業の株価は市場全体よりも大きく変動し、リスクが高いと見なされます。
ベータ値は、企業がどれだけ市場の変動に影響されやすいかを示し、WACC計算の際にリスクを評価する上で非常に重要です。
この値は、証券会社や金融機関のデータベースから取得でき、企業の株式リスクを反映した資本コストを計算するために使用されます。
株式リスクプレミアムの考え方
株式リスクプレミアムは、投資家が株式投資に求める追加のリターンを示します。
無リスク資産(通常は国債)に対して、株式にはリスクが伴うため、投資家はそのリスクに見合ったリターンを要求します。
リスクプレミアムが高い場合、投資家は企業のリスクをより高く評価しており、より高いリターンを求めていることを意味します。
WACCと企業価値評価の関係性
WACCは、企業価値評価におけるディスカウントレートとして使用されます。
これは、企業が将来的に得るキャッシュフロー(CF)を現在価値に換算するために必要な指標です。
具体的には、DCF法(ディスカウント・キャッシュフロー法)で企業価値を評価する際、WACCを使ってキャッシュフローを割り引きます。
WACCが低いほど、現在価値は高くなり、企業価値の評価額も高くなるということです!
DCF法とWACCの関係
DCF法では、将来予測されるキャッシュフローを現在価値に割り引いて企業価値を算定します。
この割引率として使われるのがWACCです。
WACCが低ければ低いほど、将来のキャッシュフローの価値が高く評価され、結果として企業価値が上昇します。
そのため、企業にとってWACCを低く抑えることは重要な戦略となります。
WACCを用いた企業価値の算定方法
DCF法の実践
WACCを用いた企業価値の算定において、DCF法は最も一般的な手法です。
DCF法は、企業の将来のフリーキャッシュフロー(FCF)を予測し、それをWACCで割り引くことで現在価値を求めます。
ここでは、具体的なステップを紹介します。
- フリーキャッシュフローの算出
企業の売上から経費や投資を差し引き、実際に手元に残る現金を算出します。 - 将来のキャッシュフローを予測
数年間のフリーキャッシュフローを予測します。通常は3〜5年を目安にします。 - WACCで割り引く
これらのキャッシュフローをWACCで割り引き、現在価値を計算します。 - 最終的な企業価値を算定
割引後のキャッシュフローを合計し、企業の残存価値(terminal value)も加味して最終的な企業価値を算定します。
残存価値(ターミナルバリュー)とは?
企業の残存価値(ターミナルバリュー)は、DCF法において非常に重要な要素です。
残存価値は、予測期間終了後の企業の将来キャッシュフローを一括して現在価値に換算したものです。
通常、企業が継続して成長する前提で計算されるため、残存価値が企業価値全体の大部分を占めることが一般的です。
残存価値を正確に計算するためには、適切な成長率や割引率を設定することが重要です。
WACCを低く抑えるための戦略
WACCを抑えることで、企業は資金調達コストを低くし、企業価値を向上させることが可能です。
以下の方法を活用することで、WACCを低減できます。
資本構成の最適化
負債と株式のバランスを最適化することが、WACCの低減につながります。
負債コスト(借入金の利子率)は一般的に株式コストよりも低いため、適度な負債の活用が効果的です。
ただし、負債が増えすぎると、財務リスクが高まるため、最適なバランスを見つけることが重要です。
エクイティコストを下げる方法
エクイティコストを下げるためには、株主に対して企業が信頼できるリターンを提供し、リスクを低減することが鍵です。
例えば、経営の安定性を高めることや、リスク管理を徹底することで、株主からの信頼が増し、エクイティコストを引き下げることができます。
WACCと他の評価指標との比較
WACC以外にも、企業価値を評価する際に使用される指標があります。
例えば、ROIC(投下資本利益率)やIRR(内部収益率)などが挙げられます。
ROICとWACCの違い
ROIC(投下資本利益率)は、企業が投下した資本に対してどれだけの利益を生み出しているかを示す指標です。
一方、WACCは企業の資本コストを表します。
ROICがWACCを上回っている場合、企業は効率的に資本を活用し、利益を上げていることを意味します。
逆に、ROICがWACCを下回っている場合、企業は資本を有効に使えていないため、価値創造に問題がある可能性があります。
WACCを用いた企業価値算定のメリットと限界
メリット
- 資本コストを正確に把握できる
- 企業のリスクを数値化できる
- DCF法による企業価値算定の精度を高める
限界
- WACCは市場の変動に影響されやすい
- 必要なデータの収集が難しい場合がある
- 企業特有のリスクをすべて反映できない
WACCは万能ではないため、他の評価指標と併用することでより精度の高い企業価値算定が可能になります。
まとめ
WACCは企業価値を評価するための重要な指標であり、正確に算出し活用することで、企業の将来価値を適切に評価できます。
WACCを用いた企業価値算定は、ディスカウントレートとしての役割を果たし、DCF法などでの評価に不可欠です。
本記事を通じて、WACCを活用した企業価値算定の基礎を学び、さらに実務で役立てられるようになっていただけたら幸いです!